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ナナイロチューズデー

まさか火曜日に続くとは思っていなかった。
といっても、単発ものを一括りにしようとしているだけなんですけどね。

霖之助要素が限り無く薄すぎてもはやアリ霖と言えるのかどうか不安で仕方ありません。
一応私はアリだと思ってます。アリっていいよね、ときめくよね!

今回は、ちょっとした彼女の私生活。そんなアリ



出てくる方々

アリス・マーガトロイド 森近霖之助

--------------------



AM 8:00

外から聞こえてくる鳥の囀る声。風が吹き、木々が擦るざわめき。
森羅万象、全ての在るものが、自然の中で音を奏でる。
その自然の大合唱の中に、ピピピと、単調だが耳に残る音が混ざり、部屋へと響き渡る。


「ん、んむ……」


変わることのない幻想郷の朝。
軽快に鳴り響く目覚まし時計の音が、私を眠りの底から引きずり出した。
自身の寝ているベッドから探るように手を伸ばし、棚の上の鳴り止まぬ時計を宥め、そのまま時刻を見る。
時計の長針が12、短針は8を指している。目覚ましの設定した時刻は8時ジャスト、予定通りの朝だ。


「よいしょ……んんっ……!」


まだ目覚めていない体をゆっくりと起こし、私はベッドの上で大きく伸びをした。
背中の固まっていた骨が絆される音と共に、寝起きの背伸び特有の心地よさが体を駆け巡る。
その刺激のおかげか、意識がはっきりとしてきた。といっても、まだ半分ほどしか目覚めていない感覚だけれど。

そんな寝惚け眼な私は、ベッドから降りて目を擦りながら窓際へ。
そして、窓を遮るうっすらと光が零れるカーテンの裾を掴み、勢いよく横へと開いた。
瞬間、自由になった朝の光が窓を通して部屋に流れ込み、その輝きに思わず私は目を瞑る。


「んっ、眩しっ……」


閃光のように差し込んでくる朝の日差しは、寝起きの私にはちょっぴり辛い。
だがこれで、体が朝だと認識してくれたはずだ。朝の日差しには、脳に今が朝だと知らせる効果があるのだという。
外は雲ひとつ無い快晴。窓を開ければ、春の心地よい風と陽気が私を迎えてくれるに違いない。

少しずつ冴えてきた意識と共に、私はカーテンを背にして振り向き、日差しを纏って明るくなった部屋全体を眺める。
本棚の上の家族、ベッドにいる家族、目覚まし時計の隣に座る家族。今日も問題無し、みんな綺麗に並んでいる。


「おはよう、みんな。今日も良い朝ね」


そして家族――人形たちへと私は声をかけた。返事が返ってこないのは分かっているが、言わずにはいられないのだ。
朝起きてから毎日、必ず行っているこの挨拶。いつも通りの返ってくる静寂。
私、アリス・マーガトロイドの、平々凡々な1日の始まりの合図である。








AM 8:17

魔法使いの朝は早い。それは早寝早起きと言った、規則正しい生活を送るために起因している。
何故、魔法使いが規則正しい生活を送ろうとするのか。それは魔法使いという種族柄に関係していた。

魔法使いは体調を崩してしまうと、魔法の研究を失敗する可能性が高くなる。単純に、集中力が散漫としてしまうからだ。
水銀などの有害な物質を使って実験を行う、危険と隣り合わせな種族の魔法使い。不調な状態で実験に取り組むのは、自殺行為にも等しいのは明らかだろう。
そのため魔法使いは、健康に気を使う結構デリケートな種族なのである。私が朝早く起きたのも、もちろん健康と実験のため。健康は成功の親、健康は長寿の元なのだ。
どこかでは寝ないで本を読み耽る魔法使いなどがいるようだが……魔法使いも様々だ、ということにしておきたい。


部屋の窓を開けて換気をし、洗面所で顔を洗い歯を磨き、踊るように跳ねていた寝癖を直す。
朝の一連の行動を終えた私は、キッチンで朝食の準備をしていた。
捨食の魔法を使えるので別段食事は取らなくても良いのだが、食事をすることが好きな私は、変わらず朝昼晩と料理をしている。

作るものは水菜と豆腐のサラダと、ベーコンのサンドイッチ。必要ではないことだが、しっかりと摂れる量を作ることに加えて栄養バランスに気を遣うのも忘れない。
料理自体は好きでしているので辛くはないが、幻想郷は野菜の流通に限度があるのがネックだ。野菜の摂取を疎かにしたくないので、買い物には細心の注意を払ったりしている。

専用の魔法窯でトーストを焼いている内に、私はサラダ作りにシフトする。
作り方はシンプルな物で、小さめのサラダボールにレタス、豆腐、水菜を順に入れていく。
そして上に4分の1カットにしたプチトマトを乗せ、最後に和風ドレッシングを全体に。これで終了、お手軽に1品目の完成である。
次に私は余った時間を使い、フライパンでベーコンと卵を焼く。
先にベーコンの両面をカリカリに焼き、上に生卵を落として水を入れて蓋を。
待つこと数十秒。フライパンの火を止め、卵の白身が固まり、黄身が固まる前の状態まで焼けた目玉焼きとベーコンを皿へと移した。
これだけでも十分な1品の完成だが、今回はこれだけでは終わらない。サンドイッチを作るため、トーストが必要になるのだ。

すると、魔法窯から香ばしいトーストの香りが漂って来た。いいタイミングで焼き上がったようである。
窯の火を止め、調理用の布手袋を着けて、ゆっくりと窯の扉を開く。途端に、キッチンをトーストの香しい匂いが包みこんだ。焼き加減は申し分なし、今回も上手に焼けたようだ。
窯の中の鉄板グリルを取り出してキッチンの台に置き、その上に乗ったトーストの耳を取ってから皿に移す。そして布手袋を外して、冷めないうちにトーストへマーガリンを少量塗る。
焼いたトーストは2枚。トーストは早く焼けるように薄く小さくしているため、2枚が丁度良い量なのである。
ここまで終えれば、後は簡単。2枚のトーストに先ほど焼いた目玉焼きとベーコン、そしてグリーンカールを1枚挟むだけ。
これで2品目――私の朝食の完成だ。




AM 9:04

「ふぅ、ごちそうさまでした」


リビングにて朝食を食べ終えた私は、手を合わせて小さく一礼。
食前に一言、食後に一言のこの言葉は、食材への感謝の表れ。こういった作法は礼儀で必ずするべきであろう。

椅子から立ち、食べ終えた食器を重ね、そのまま流し場へと持って行く。
そして私は、すでに流し場に置いてあった先ほどの調理器具と一緒に洗い物を始めようとした、のだが。


「……今日もドールでやろうかしら」


そんな考えが頭を巡る。そう、人形を使役して家事を行うのだ。
ここ最近では、家事全般をほとんど人形で行っている。そうすることで家事の手間が省け、人形の操るスキルも上がるのである。
今日、私は外に出る予定がある。その用意の時間を確保するために、手早く終えられる方法を選んだ方がいい。ここはやはり、みんなにやってもらった方が得策だろう。
私は魔法で作られた見えるか見えないかと言うほどの細さの糸を引き、2つの異なる人形を流し場へと呼び出した。
薄い青色のメイド服を着ているのが上海人形、赤いドレスを纏っているのが蓬莱人形。私の大切な家族たちだ


「それじゃあ、始めましょうか」


私は言うと、魔法を使ってその2つの人形を操り始める。
色の違う2つの人形が、水道を使い、食器を洗い、食器を拭き、片付けを行う。他人から見ればとても不思議な光景だろう。

人形を使役することは、集中力は使うがそこまで重労働ではない。
なので私は人形を使役しつつ、今日のスケジュールを確認するためにリビングへと踵を返した。キッチンとリビングは同じ部屋で繋がっているので、リビングからでも様子を窺うことが出来るのだ。
さすがに全く見ずに人形を操ることは難しいが、視界の端に見えていれば何とか出来る。魔法で見ることは出来なくはないが、この作業でわざわざするほどの事ではないだろう。

右手で魔法を調整しながら私は、リビングの小さなテーブルに置いてある手帳を左手で開く。
なんでもこの手帳、「システム手帳」という外の世界の商品らしく、メモ帳とカレンダーが合わさったような形式になっている。
日にちごとにメモが出来る間隔が設けられており、その部分にその日のスケジュールなどを書き込むことが出来るのだ。
「お客さんに普通に売れる商品が手に入ってありがたいよ」、と彼は言っていた。
あの時の彼の嬉しそうな顔は、今でも忘れられない。
思わず食い入るように見てしまい、その照れ隠しでこの手帳を買ったことを思いだして、私は苦笑いを浮かべた。
実際にコレを買って正解だと今は思っている。使ってみると本当に便利だったから。


「さて、今日の予定は、と」


時折右手で操る人形見ながら、左手で手帳を開きパラパラとページを捲っていく。
そして今日のページに辿り着き、手帳に記されたこれからのスケジュールを眺める。
人里で人形劇、それと買い物、そして……


「今日、なのよね」


今日のスケジュールの最後に記入されていた文字を見て、私ははたと止まった。火曜日の今日、月に1度の大切なイベント。
手帳に記されている文字は、「材料の仕入れ」。買い物とは違う、人形の服の素材や、魔術研究に使う道具の調達の事だ。
人里に絹織店はあるのだが、如何せん高級すぎてまともに買うことが出来ない。そして魔術研究の道具など、人里にはあるはずもない。
そこで行き着いた先が、魔法の森と人里の間にあるあのお店だ。彼処ならばある程度安く服の素材が手に入り、魔術研究の道具も手に入る。
会いに行く口実が欲しいからではない、きちんとした買い物なのだ。ただ、そこから色々と話をしたりするだけなのだ、うん。


「あ。これは……」


脳内でと理由づけて考えたが、手帳に記されたとある記号を見つけ、私は再び苦笑いを浮かべた。
ああ、どれだけ楽しみにしていたのだろうか、コレを書いたときの私は。
……文字の終わりに、ご丁寧にも小さくハートマークを付けているなんて。


「ただ会いに行ければいいんだけど、ねぇ」


買い物に行くという建前など考えずに、ただ会いに行けば良いだけの話である。
けれど、それが出来ないのだ。「あなたに会いに来た」なんて言えるはずもないだろう。恥ずかしいを通り越して顔が爆発してしまう。
いつもいつもお店にいるあの2人が羨ましくもあるが、ああいった間柄にはなろうとしてなれるわけもない。
それにあの2人に対しては、彼は妹のような態度で接しているのが見て取れる。
違うのだ。私が彼に望むのはそんな関係でなくて、もっと……


「!」


私が考えに耽りそうになったその時、ガチャンボチャンと、何かの割れる音と水に落ちる音が正面の流し場から聞こえた。
聞こえた音と共に、私はハッとする。
しまった、手帳に気をとられすぎていた。左手で手帳を見ている間、私の右手は何をしていた?


「っ、いっけない!」


そう言って私は急いで流し場へと駆けつけたが……音がしたわけであって時すでに遅し。


「……あぁ、やっちゃった」


目の前の惨状に、私はガックリと肩を落とした。
流し場では、落ちて割れてしまったカップと、桶から飛び散った泡と水が流し場全体に奇妙なアートを描いている。
そしてその桶の中に、落ちて泡だらけになった上海人形と蓬莱人形の姿。
どことなく、「なにしてるんですか」とでも訴えていそうな2つの人形の視線が、私を射貫いているようだった。








AM 9:26

割れたカップを片付け、泡まみれになった2つの人形を綺麗に修復。
手間を省くために行った行動で、逆に手間を増やしてしまった。横着するのは良くないものだと心から思う。
なんとか後片付けが終わった私は、自身の部屋のデスクで人里へ出るための用意を始めていた。

今行っているのは、今日私が人里で講演する人形劇の人形の点検。
ひとつひとつ人形を手に取り、お客さんから見て確認できるであろう部分に目を通す。
一応昨晩の内に人形の装飾などは済ませているので、これは球体間接の動きや人形服の解れなど、不備がないかを調べる最終チェックだ。


(ちょっと動きが悪いかしら。油差して……これであと半分ね)


劇の内容にも寄るが、人形は服を着せ替えて使い回す仕様ではないので、結構な数になる。
そのため、最後の確認と言えどもなかなかの時間と集中力を使うのは言うまでもない。

私が人里で人形劇をするようになったのは、とても簡単な理由だ。
人形の素敵な所を知って貰いたかったから、子供たちの楽しそうな顔を見るのが好きだから。
そのためならば、この点検など苦でも何でもない。それに見合った結果を得ることが出来るから。
そんな理由で今も劇を続けている辺り、自分はさぞ不思議な妖怪だと思われているのだろう。


(そういえば、彼もこの人形劇をたまに見てるのよね)


私と彼が知り合ったのは、この人形劇が切っ掛けであった。
ちょっと昔、人形劇を終えて片付けをしていた私に彼がいきなり話しかけてきたのである。
人形の良さを伝えようとしていた私に、「その人形は、自律人形なのかい?」となにやら的外れな言葉を、だ。
第一印象は変な人であったけれども、話をしていく内にこっちが惹かれてしまったのだから目も当てられない。
それに、彼が魔法に対しある程度精通していて、道具を扱えるという点も、私にはいろんな意味で魅力的だったのだ。

ああ、彼に会ったその出来事も、人形劇を続けている理由になるかもしれない。
「もしかすると、人形劇を彼が見ていてくれているかもしれない」という、淡い期待を毎度毎度抱いてしまっているのだから。


(難儀なものだわ、全く……さてと、これで終わりかしら)


少し集中力を違う部分に費やしていた気もするが、なんとか日が昇りきる前までに点検を終えることが出来た。
目を通した人形たちと劇のセット一式を、ベージュ色の大きめなトランクへと丁寧に入れ、人形劇の準備は完了。残るは、着替えと買い物をするためのお金を繕うだけ。
まずは着替えを先に終わらそうと思った私は、デスクの対角線上にあるクローゼットへと向かい、扉を開いた。

ハンガーに掛けられたいくつもの服から、今日の天気に合うような服を数点選んでいく。
人形のような装飾のお気に入りの服、おろしたての春物ワンピースなど、服は結構な数を自作しているため、選ぶのにはなかなかに悩んでしまう。


(……そういえば)


そこで私はふと疑問に思う。以前あの店に行った際、私はどの服を着ていたのだろうか?
もしかすると、今着ようと思っていた服たちのどれかを着て行った、かもしれない。
もしも同じ服を選んでしまったら、彼から服のバリエーションが無い子だと思われてしまう……などということは彼のことだから絶対にありえないが、そこはせめて女性として、色々な服を彼に披露目たいとは思うものだ。


(だから、彼が見たことがない服を選んでいけばいいのよね。となると……)


必ず同じ服を選ばないようにすべき、つまりはあの店へ訪れた後に手に入れた物、最近繕ったか買ったばかりの服を選ぶのがベストということになるだろう。
そう結論づけた私は、望みに見合ったおろしたての春服をチョイス。これならば彼に見せるのは初めてであるし、自分も着るのが初めてなので楽しみだ。

おろしたての服を着るというワクワク感を抱きつつ、私は選んだ春服に袖を通していく。
サイズはぴったり、違和感もない。これで着替えも終了、後はお金を用意するだけ。
そう思った私は、少し陽気な気分で体全体が写る大きな鏡の前に立ち、


「……あれ、コレ似合ってる、のかしら?」


一つの問題に気付いてしまった。
そう、おろしたての服のため、自身に合っているかまだハッキリとイメージ出来ていなかったのだ。
鏡に映るのは新しい服を纏った自分であり、その姿に少し違和感を覚えてしまう。
こうなってしまってはもう駄目だ。どんどんと気になる箇所が増えて行く。


「あー、この丈で平気かしら」


スカートを上げて、丈を調節する。


「ちょっと胸の露出が多いのかも?」


スカーフを巻いて、それとなく隠してみる。


「体のラインが見えなくて太って見える?」


服に付属してあった紐を調節して、ウエストを引き締める。


「……うー、もやもやして気持ち悪い!」


不安と疑惑がごちゃ混ぜになり、得も言えぬ不快感が私を襲った。どこを直してもいくら直しても、しっくりとくる形が見つからない。
それもそのはず、こういったものは何度何度も着て感覚を養っていくものだ。一朝一夕で掴めるはずもないだろう。
しかし私は、湧き上がる違和感をグッと堪え、前へと視線を見据えて再び鏡と向き合う。
そうだ、ここで妥協してはいけない。見せるのならば、自分が最高と思える状態を見せたい。

脳内で、私と鏡の睨めっこのゴングが鳴り響く。
ここは絶対に、負けるわけにはいかない。

長い長い戦いが、幕を上げた。




AM 10:12

睨めっこから数十分。
鏡との戦いに勝利を収め、ようやく納得のいくスタイルに纏めることが出来た私は、出かける直前、リビングと玄関の間で最後の確認を行っていた。
人里とあのお店にて買い物をするのに必要なぐらいのお金を軽く算段し、財布に入れる。
そして件のシステム手帳で今日のページを見て、忘れていることはないかを確認。


「舞台セット、人形、お金、手持ち鏡……うん、大丈夫そうね」


一つ一つ、チェック表にマークを付けて確かめる。ひとつでも忘れてしまうと、今日の私の計画が台無しになってしまうからだ。
完璧主義者というわけでもないが、折角予定を決めて意気込み、とうとう今日を迎えたのだ。
色々と問題は起きたが、無事時間内に用意を終えることが出来た。過ごすのならば、後悔の無いように全力で臨みたい物だろう。


「よしと。みんな、お留守番お願いね」


そう言って私は、家の中にいる全ての人形に来訪者迎撃の魔法、要は泥棒撃退用の魔法を付与する。
辺鄙な魔法の森に住んでいるのに、泥棒撃退の魔法を掛けるのもおかしな話だが、案外洒落にならないのである。
本当に泥棒というのは存在するのだ。白と黒のいかにも魔女といった衣装を纏う、自称魔法使いの泥棒が。

これで家でやることは全て終えた。私はトランクを手に持つ。
入っている人形と舞台セットその他諸々、いつもの重さがずしりと手に伝わってきた。


「――それじゃあ、行ってきます」


家を出る前の挨拶を人形たちへ。そして私は、玄関の扉を開いた。
頂点に昇る前の太陽の日差しが、私を明るく照らし出す。

さぁ、ひと月に1度。大切な1日の始まりだ。








AM 10:52

幻想郷の人里は、分類すると大きく3つの区域に分かれている。
1つは、里の住民が生活する住宅区域。店を構えない多くの人間は、ここで生活を送っている。
もう1つは、市場や娯楽店といった売買をする商売区域。後で私が買い物をする際に寄る所でもある。
最後の1つは、里の中央に設けられた広い空き地区域。
子供のための遊具や、河童の龍神様天気予報像があるのもこの区域。要は広場というものである。
そしてその場所は、今日の私の目的地。アリス・マーガトロイドの人形劇の開催地でもあった。


空を飛ばず徒歩でここまで歩いてきた私は、龍神像の側、いつも私が人形劇を行うベンチへと向かう。
すると、私の姿を認めた子供たちが、「あ、人形劇はじまるみたい!」と指さし、声を出した。
長らくここで人形劇を行っていたため、子供たちに顔をしっかりと覚えて貰っているようだ。劇を行う私としては嬉しい限りである。

私はベンチに着くと、さっそく人形劇の準備を始めた。
トランクから人形劇のセットである折りたたみ式の舞台用具を取り出し、地に立つよう組み立てていく。
間接部分をカチンという音がするまで伸ばし、重ね、型を作る。
折りたたみ式が珍しいのか、里の男の子たちがいつも組み立ての様子を楽しそうに眺めてくるのだが……少しばかり、気恥ずかしい。

舞台の土台を作り終えたら、布を使って垂れ幕と舞台裏を作り、お客さんと私の境界線を表す。
お客さんに背を向けて準備をしている私の後ろで、人の声の重なりがどんどんと大きくなっているのが分かった。
いつもこの工程の終わり頃には、子供たちの言伝のおかげか、私の回りには小さな小さな人集りが出来はじめるのだ。
その声を聞きつつ私は、トランクを舞台裏へと運び人形を用意。あらかじめ服装などは着させてあるので、服の乱れを直すだけである。
そして最後に、劇の背景の絵や装飾などを行う内容に合わせて並べて、準備完了だ。

私は舞台を背にして、小さなお客さんたちの前に立った。
やんややんやと話す子供たちの気がこちらに向くように、軽く手を打ち鳴らす。


「はい、みんな。今日も観に来てくれてありがとうね。それじゃあ、人形劇を始めるわ」
「おねーさん、今日はどんなお話なのー?」


一番前に座っていた10歳前後くらい少女が、綺麗な瞳で私に問いかけてくる。
私の人形劇は、主に外の世界の童話や民謡を改変しているものが多い。
もちろんオリジナルのお話もあるのだが、やはり元がある方が話を進めやすいのである。
そして、今日やろうとしていた人形劇のタイトルは、


「今日やるのは、外の世界の物語――ラプンツェルというお話よ」




PM 12:16

『姫の涙で視力を取り戻した王子様は、姫と一緒に国へと帰り、末永く幸せに暮らしました。……めでたし、めでたし』


劇が始まってから1時間と少し。
台本の最後のセリフを読み終え、舞台の幕をゆっくりと下ろし、物語の終わりを表現する。
一瞬の静寂の後、子供たちから「わぁっ」と小さな歓声と拍手が巻き起こった。


「みんな、静かに観てくれてありがとう」


舞台裏から姿を見せた私は、感謝の言葉と共にお辞儀をする。再び歓声と拍手が巻き起こった。
顔を上げると、そこには劇を観てくれた子供たちの笑顔が、所狭しと咲いていた。
劇をやり切ったという達成感と、子供たちの嬉しそうな顔を見られたという満足感が私を包み込む。
このとき、この瞬間こそ、私が人形劇をやっている理由の一つかもしれない。それほどまでに、私の心は満たされるのだ。


「今日の人形劇はここまで。いつになるか分からないけれど、また今度ね」


心に残る余韻をそのままに、私は舞台と人形の後片付けを始めた。
人形を片付け、布を取り去り、舞台を折りたたむ。準備には時間が掛かるが、片付けにはそこまで掛からない。
てきぱきと手際よく片付けをしていると、先程質問をしてきた女の子が私の近くに歩み寄ってくるのが見えた。
私の前に着くと、興味深そうに見上げてくる。


「あら、どうかしたの?」
「えっと、おねーさん。今日はいつもよりキレイだね」
「えっ? そ、そうかしら。ありがとう、嬉しいわ」


急に容姿を褒めて貰い、私は頬が熱くなるのを感じた。
不意打ちに褒められたら、素で照れてしまうのは仕方ないだろう。
それが子供からなら尚更だ。子供は、真実を包み隠さない無垢な存在なのだから。
気合いを入れて服を選んだいた事実もあるので、少女のその言葉は非常に嬉しかった。


「これから、またどこかへ行くの?」


女の子が更に私に問うてくる。
おそらく私がいつもと違ったため、何か特別な用事があると思っているのだろう。
鋭い子だなと思いつつ、受け答えるために私は言葉を選ぶ。


「ええ。里で買い物と、それから別の場所にね」
「別って、里の外? はくれーじんじゃ? えいえんてい?」
「ううん、博麗神社も永遠亭も、今日は行かないわ。
 どこへ行くというのは……秘密にしておくわね」
「えー、ひみつなのー?」
「うん、秘密なの」


人差し指を自身の口に当て、少女へ秘密という意味を記す。
多少の罪悪感を感じたが、私は答えをはぐらかせることにした。
確かに私が向かうのは里の外であるが、里の子供に外へ興味を向けさせるのは、あまりにも危険なことである。
人々が守られているのは里の中だけ。一歩里の外に踏み出すことは、いつでも襲って下さいと言っているようなものだ。
そのため、永遠亭や神社へ行く際、永遠亭へは兎が、神社へは上白沢の教師が付き添うことになっている。
私の言葉で子供たちに危険が及ぶのは、絶対に避けたい事だった。

すると、例の女の子が「あっ」と手をぽんと叩いたかと思うと、


「わかった! ひみつってことは、カレシさんのところでしょ!
 いつも以上におめかしするなんて、それしかないわ!」
「え!?」


とんでもないことを言い出した。
子供でも女は女、ということか。突いてくるところが実に「らしい」と思う。
当の私は、遠からず近からずな事を言われ、思わず変な声が出てしまった。
取り繕おうと一つ咳をして、呼吸を整える。


「違うの、彼氏さんとか、そういうことじゃないのよ。
 昔から利用してる場所ってだけで、そういうことじゃ」
「え? それじゃあ片思いなの?」
「うぐっ」


私の否定も虚しく、少女の言葉が私の心を抉り抉る。
確かにそうなのだ。間違っていない、むしろ大正解だ。
しかし、少女の真っ直ぐな目でそう問われるのは、なにぶんダメージが大きすぎた。
子供は無垢で無邪気で可愛らしくて……時に残酷なのである。


「そっか、おねーさん片思いなんだ。
 おねーさんとってもキレイなのに、あいての人見る目ないねー」
「ちょ、待って、ちょっと待って。
 そもそもその人のお店には、買い物をしに行くだけなの。会いに行くためとか、そういう理由じゃなくて……」
「? おねーさんはその男の人のこと好きじゃないの?」
「え? 好きじゃないわけじゃないけれど、その」
「それともあいての男の人にかのじょがいるの?」
「……いないと、思うわ」
「だったらチャンスだね! おうえんするよ、私!」
「あ、ありがと……って、あーもぅ、そうじゃないのよー!」


見事なまでに少女にペースを取られてしまったため、私は大人げもなく大きな声を出してしまった。
その後、周りにいた子供たちの注目を浴び、同じ内容を何度も問われ、宥めるまでしばらく時間がかかったのは言うまでもない。

最近の子供達がませているのか、それとも私が遅れているだけなのか。
……考えるとヘコみそうなので、今は止めておこう。








PM 3:30

人形劇の後、小さな食堂で昼食。そして青空市場での買い物。
人里でやることを全て終えた私は、人里を出て最後の目的地へ向かっていた。
私の片手にはトランク、もう片方には買い物の際に貰った紙袋。見たまんま、買い物帰りの人である。
人形劇と一緒に買い物をすると、やはり両手が塞がってしまう。もう少し大きめの入れ物が必要だろうか。それも今から行く場所で聞いてみることにしよう。

そう考えを巡らせながら、私は人の手が入った道を歩いて行く。
人里の外ということで多少の危険があるのだが、この道は結構な距離に渡って人の手が加わっている。
加わっていると言っても、「これは道だ」と分かる程度の手の入れようではある。それでも、里の外で出来る事の中では十分な出来映えだ。
そんな長く続く道は、ある場所に着くと境界線のようにパッタリと途切れる。その途切れた先にあるのが、魔法の森だ。
多くの魔法使いが居を構える場所であり、私の家がある場所でもある。しかし、今から私が行くのは魔法の森でも自身の家でもない。

歩き歩いて魔法の森の入り口に着いた私は、そのすぐ側に存在する一つの家屋へ向けて更に歩を進めた。
人里と魔法の森の境に建つ、ちょっと変わった道具屋。店の前には狸の置物と、一体何に使うのか分からない道具のような物が多々置いてある。
店の上部には、木で出来た大きな看板が掛けられていて、店の名前が大きく書かれていた。
「香霖堂」――今日の私の、最後の目的地である。




PM 3:45

香霖堂の店の前。入り口の手前で私は、息を整えていた。
店の窓から、彼の姿を確認することが出来る。留守ではないようでなにより、と私は安堵していた。
さぁ、ここから最後の最後、身だしなみの最終チェックを行うのである。

とある白黒魔法使いも、この扉の前で身だしなみをチェックしていたのを見たことがある。
そう、この香霖堂の扉は、私たちにとって戦場に入る一歩手前なのだ。否、すでに戦いは始まっているのかもしれない。
兎にも角にも、彼に会う手前、どうしても第一印象がどう映るかは気になってしまう。
なのでこの入り口の直前で、見れるところは徹底的に直していかなければいけない。

髪の毛は変に跳ねていないだろうか?
前髪、サイド、後頭部と、髪全体に軽く触れて確認をする。

服に余計な皺は入っていないだろうか?
体を小さく揺らし、皺が付きやすい胸、肘、脇、腰付近を確認し、必要ならば皺を伸ばし修正していく。

出かける前に付けた化粧は、落ちてしまっていないだろうか?
目に隈は? 疲れが顔に出てしまっていないだろうか?
ポケットに入れていたコンパクトサイズの鏡を取り出して開き、顔を、表情を確認する。大丈夫、いつもの私だ。

ありとあらゆる負の部分を探しては直し、探しては修正する。
徹底的に。
完璧に。
一番の自分を彼に見せたいから。


「すぅ、ふぅ。……よしっ」


最後に深呼吸をし、チェック終了準備万端。やれるだけのことはやった。
後は、私らしく彼に会えば良いだけだ。

私は香霖堂の扉に手を掛け、ゆっくりと押し開く。
カランカランと、歓迎のカウベルが軽快に鳴り響いた。




PM 3:50

「……こんにちは霖之助さん。お邪魔するわね」
「おや、アリスじゃないか。いらっしゃい」


私の声と姿を認めるなり、カウンターに座っていた彼は、本を閉じてこちらに体を向けてきた。
一応本よりは優先順位が高いようでなによりである。もしも本に視線を落としたままだったのなら、こちらに向かせるつもりではあったが。
彼曰く、私は香霖堂にとって珍しい『買い物をしに来てくれるお客』であるため、対応を良くしてくれているらしい。
買い物をして会話をするだけなのに対応が良くなるのも不思議な話だが、ここ香霖堂ではそういったお客さえも来ないのだから仕方ない、のかもしれない。

それに、彼から良いお客だと思って貰っているということは、普通に嬉しい事である。
……だからこそ、物足りないと思ってしまうのだけれど。


「君が来たということは、もうひと月くらい経ったということか」
「ええ、先月から丁度ひと月になるわ。覚えていてくれたのね」
「当たり前さ。上客の来る周期を覚えないなんて、店主失格だからね」
「嬉しいけれど、店主ならもっと店主らしくするべき所がいくつもあるんじゃない?」
「はて、店主というのは多種多様だからね。僕は運良くそれに属さない店主だったのかもしれない」
「運悪く、だと思うわ。店主らしく出来ないのだから不運でしょう?」
「ならそうしようか。運が悪かったのさ、運良くね」


そう言って彼は小さく笑う。私もつられて小さく微笑んだ。
やはり、彼と話すのは楽しい。
惹かれてしまったから、好意を寄せているからではない。
こうして彼と話すのが楽しいからこそ、惹かれ、好意を寄せたのだ。


「ああそうだ。今回も、いつもの買い物ということでいいのかい? 材料なら、既に用意させて貰っているよ」
「ええ、そうね。今回も……」


彼の質問に答えようとそこまで言って……私は言葉が止まった。


「え、あれ? 今回、も……」


意識をしたわけではない。自然と話すのを躊躇ってしまったのだ。


「アリス?」
「あ、えっと……」


私は少し混乱するも、何故話すのを躊躇ったのかが何となく理解出来た。
いつもの買い物をしに来たのは間違いない。間違いないのだが、それでは理由として足りないのである。
私の胸の中で、言葉がつっかえているのだ。言いたい言葉が、ハッキリと出てこない。だから言葉が止まってしまったのだ。
今までは普通に答えてきた解答であるのに、今日に限って答えることが出来ない。

それは何故か、その言葉が何なのか、私は必死に考えようとして、


『わかった! ひみつってことは、カレシさんのところでしょ!
 いつも以上におめかしするなんて、それしかないわ!』


あの少女の言葉を、思い出した。

途端、胸につっかえていた感覚が嘘のように溶けて無くなっていくのを私は感じた。
……そうだ、深く考える必要なんて何もなかった。
あの子の一言で、言わずに包み隠していた言葉が出て来ただけだったのだ。

スケジュール手帳にお茶目な文字を記していたのも。
人形劇の準備をしているときに集中できなかったのも。
着替えの時に鏡と熾烈な争いをしていたのも。
香霖堂の前で一生懸命身だしなみを確認したのも。
そして今、彼への返事で言葉が詰まってしまったのも。

全ては、一つの事のため。ひと月に1度の大切な時のため。


「ああ、ごめんなさい。黙っていたんだけれど……実はもう一つ、目的があるのよ」
「もう一つ?」


ようやく私の口から出た言葉に、彼が問うてくる。
自分でも驚くほどの気の変わり様だけれど……悪くないと思う。
私は、ほんの少しの勇気を振り絞る。


「ええ。今日は、物資の調達と――」


今日なら、今なら、この瞬間なら。恥ずかしがらずに言えると思う。
『おうえんするよ、私!』と、あの少女の声が再び聞こえた気がした。

ありがとう、とその言葉を胸に秘め、私は真っ直ぐに彼を見る。
自然と浮かんだ笑顔と、確かな思いを伝えるために。
いつもの素敵な火曜日を、より素敵で特別な火曜日にするために。


「――貴方に、会いたくて」

テーマ : 同人小説
ジャンル : 小説・文学

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まとめtyaiました【ナナイロチューズデー】

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